
どうやら世界はもうすぐ終わってしまうらしい。
雲霧にくるまれ死んでいくただの自分には関係のないこと。そう思っていたけれど、天に赤い星が出現して、それが日に日に大きくなっていくのを目の当たりにすれば、どこからか終末が忍び寄ってきているのだと考えずにはいられなかった。
閉ざされた聖徒門の向こうは、もっと混沌とした世界が広がっているそうだ。迫り来る青燐水の災禍に背を向け山を閉ざしたイシュガルドにも、けれど等しく天から赤い星は降り落ちる。女神ハルオーネの加護ゆえにイシュガルドの民は終末からも逃れられるのだと聖職者は語る。では、時折雲海から響くドラゴン族の咆哮は、冬が越せるかとぼそぼそ囁く貧民たちの姿は、いったいなんとしたことだろう。
いつ訪れるかもわからぬ終末よりも前に、食物の値上がりは深刻だ。市場からはクルザスの実りが消え、並ぶ品々は干物のように痩せ細る。戦争による農作地の減少と、それと同盟の放棄と引き換えに強化された軍備が、下層の経済を滞らせていく。市場に人こそ姿は見えたが、彼らの腹を満たせるものはよっぽど高価か粗末なもので、ひもじい老人はあてどなく彷徨っては肩を落とす。
一斉に芽吹く稲穂がエレゼンの若者に比喩されるように、フィニの痩躯もまた、ここ一年でしなやかに伸びた。頬にはまだ幼さが残っていたが、もう立派な大人の背丈になった。
アイスブルーの眼差しは並ぶ品々を見定めた。上層の市場へ出回ってしまうのだろう。下層で買えるものと言えは痩せた穀物や堅いパン、一口でかみ砕けてしまいそうな小さな肉の乾物ばかり。今年の冬は越せるだろうかと女たちが囁いている。あの赤い星が落ちてくる前に、あたしたち死んじまうよ。冗談めかしてそう笑う。雑踏のざわめきは水たまりに沈殿する雪のように、フィニのあいだをさざめいた。イシュガルドの短い夏が終われば、厳しい冬がやってくる。曇天はすべてを灰に染め、重苦しく石畳は陰り、人々の重い足取りは乾いた砂をいたずらに巻き上げた。
卵と肉、黒くて堅いパン。ようやく手にいれたそれらを青年は腕に抱いて雑踏から離れる。
卵なんて久しぶりに手に入った。ほっと顔をゆるませる。あの人にあんまりみじめな暮らしはしてほしくなかった。
帰り道で、市場の外れにある人材募集の掲示板を覗く。上から下まで張り紙を見回すが、端のよれた黄ばんだ紙が並ぶばかりで目新しい仕事はない。
酒場の主人に「もう来なくていい」と言われたのは半年前。成長期を迎えた頃から、あの人はフィニを他の誰かに抱かせることもしなくなったから、学も力もないちっぽけな青年の収入は激減した。おまえは愛想がないし、大きくなったら必要とはされないんだ、とあの人は繰り返し言う。そうなのだろうか。あの人が言うからきっと嘘では無いのだろう。
たしかに少女と見紛うようなちいさな子供だった。抱きたいと願う人がいないのか、それともあの人が探そうとしなくなったのか、その違いはわからないけれど、ともかく背がすらりと伸びても、フィニは二人で暮らす部屋からでられないままだ。幸いにもクローゼットから小出しに取り出す汚い金のおかげで生活に困ることはなかった。厳しい終末を乗り越えるだけの蓄えは十分にあるはずだ。
イシュガルド軍が拡張された時、対帝国の前線任務へ志願しようとした。彼はなぜだかひどく怒って、だから募集の面接には行かなかった。のちに、警備に雇われた下層出身の兵隊たちが、ろくな装備も支給されないまま国境線に投じられ、帝国の鉄の武器と神聖騎士らの盾のあいだですり潰されて行ったと聞いて、あの人は「俺の言った通りだったろう」と、死んでいった兵士と取り残されたフィニのことを嘲笑った。
本当はあれから、住み込みの、傭兵任務の募集をいくつか見つけている。まだ恐ろしくて言えていない。
彼に頼らずに生きていきたい。心は時折そう思う。はじめて拾われたあの日から変わらず、大人と見まがうくらい大きくなった身体で庇護されて生きているのはずいぶん居心地が悪いのだ。
エマニュエルはまだ帰ってきていない。
煙草と香水の残り香が漂う部屋がふたりの住まいだった。背丈がエマニュエルの胸くらいまでしかなかった頃に広く感じた家は、成人男性二人が住むには少々手狭だった。かといって、引っ越す気はないらしい。エマニュエルはこの、雲霧街の隅にひっそりと建つ、増築を繰り返した家々の群集を気に入っているようだし、フィニはそもそもエマニュエルがいる場所だったらどこでも良いのだ。
何年も暮らしていて、しかしエマニュエルの物はたいして増えていない。リビングの中央に置かれたクローゼットの中に仕事道具のなにもかもを納めてしまえば、あとは煙草と酒の空き瓶ばかりが彼の空虚を示していた。
フィニの物は、年を重ねるごとに増えていた。いつか買ってくれた、下層のこどもに人気の独楽や、上層のこどもがかわいがるようなちいさな人形。無数の華やかな色の画材と白い紙。いい加減捨てちまえよと言われても、捨てたくないと拒み続けている。煙草で焼けた壁も、退色した床も、キッチンもテーブルもソファも、生家よりもなじみ深く、今や己の身体の一部ですらあった。
あてどなく箒をかけ、床や机を拭いていると、ふと遠くから高級なヒールが木製の廊下を叩く音を聞いた。立ち上がり、外の気配に耳をすませているとややあって扉が開く。
「おかえりなさい。エマ」
暗い部屋に豪奢なドレスが輝き、きつい香水の臭いが立ち昇った。
この部屋のあるじは身体にまとったショールを脱ぐと、それをフィニに手渡した。薄絹と刺繍、豪奢なブローチの輝くドレスを纏うのは一目見てわかる男の肉体だ。遅めの成長期を迎えたフィニだが、それでも男の背丈には到底及ばない。一目で男娼と分かる格好をしていても、男は美しく艶やかでどこか気品すら感じられた。いつも薄ら笑いを浮かべる灰色の唇には真っ赤な紅が引かれ、長いまつげに縁取られた左目は、ショールを畳むフィニを、窓の空いた部屋の中をゆっくりと見回す。深い夜を帯びた濃紫の髪の隙間からちらりと見えた右目は白く濁り、イシュガルドではついぞ見かけることのない、不可思議な刺青に彩られていた。
まったく言葉を放たぬまま、男は椅子を台替わりに高いヒールの靴を脱ぎ、小さな鞄と共に部屋の隅に放り投げる。かつん、と、赤いパンプスが壁にぶつかり床に落ちる。
「…今日は卵が手に入りました。あと、干し肉も」
スカートをたくしあげ、薄いストッキングを脱ぐ扇情的な姿から目を逸らし、フィニはその静かな男の機嫌を損ねぬようにゆっくり背後に下がった。と、視界を遮るように、がさがさと音を立てて紙袋を差し出される。
「え」
両手に収まるくらいの紙袋だ。おそるおそる手に取るとそれはずいぶん軽かった。エマニュエルがこちらを見ていた。開け、という意味だろう。封を開けると中からふわりと香ばしいパンの匂いが広がり、フィニは目を丸くした。つつみの中に入っていたのは白く柔らかいパンだったのだ。それも、先ほど買ってきた下層のパンには到底及ばないような、上層の貴族だけが食べれるのだと一目でわかるふわふわのパンだ。
「食え」
ありがとうと言う間もなく、男はドレスを着たままどっかりと椅子に腰かけ、背中を預けた。机の上に置きっぱなしの煙草を口にくわえ火を灯す。やがて立ち昇る煙を見上げる相貌は、化粧で誤魔化された血色以上に、少しばかりやつれて見えた。
「これ…?」
「しけてるよなぁ。抱かせた礼が「昼食でもいかが」、だぜ。上層の貴族さまの癖に、けちくせぇ奴」
放たれた声音は思ったよりも明るく、すこしほっとして、フィニもおずおずと対面に腰掛ける。
「今日の人は…」
「上層の豚だよ。腰振るしか脳がないのに自分が巧いと思ってやがる。あんのヘタクソ、二度と行くかよ」
「そう、ですか…」
フィニはエマニュエルの顔をそっと見上げた。この麗人が女の衣装を纏うのは、それを望む誰かがいるからだ。フィニはエマが普段、どんな行いをしているのかすべて知っているわけではない。粗暴なチンピラの服の日があれば、貴族じみた礼服の日もある。今日は高級娼婦の日。貴族に抱かれて、クローゼットの中の汚い金を積みあげる日。
貴族の前ではさぞや微笑みを絶やさぬのだろう、真っ赤なルージュで彩られた唇から、ふう、と長く息を吐く。白い煙が狭い部屋にもうもうと広がると、エマニュエルの愛用する煙草の香が鼻先にまで届いて、フィニはぎこちなく身体を揺らした。ふいに、エマニュエルはにやりと笑ってフィニと視線を合わせた。
「それにしても臆病者の貴族サマは違うよな。庭にでかい穴掘って、ダラカブが落ちてきたらそこに逃げ込むんだとさ。真昼間に寝室で娼婦抱きながら、庭先で人夫を働かせてやがる」
「はぁ…」
フィニの脳裏に、男の下で喘ぐエマニュエルの姿がありありと浮かびあがった。きっととてつもなく淫靡で、聖人を堕落へ導く恐ろしい悪魔の絵とよく似ている。ドレスの裾をたくしあげ股を開き、太った貴族の醜い陰茎を受け入れて喘ぐ娼婦の、豪奢なベッドに広がる愛液の向こう、美しい装飾の施された窓越しに、雲霧街の雇われ人夫たちがあせくせと穴を掘っている。それはどこか、滑稽なおとぎ話めいて想像された。
「笑えるぜ、その穴ん中にはおまえも連れて行ってやるなんてほざきやがる。正妻やらこさえたガキやらと俺を対面させるのかって聞いたら、そいつらは追い出すってよ。ひでえ話だろ?馬鹿らしい。どんな穴ぐら掘ったって、あの星が落ちりゃどうせ何もかもめちゃくちゃだ」
思い出したのかげらげらと笑うので、フィニはいたたまれなくなってうつむいた。貴族はその手に抱えるものが多いのだから、貧民よりもはるかに終末をおそれている。愛人を連れていくことなど訳ないのだろう。それでなくともエマニュエルを生かしたいと思う人間は多いはずだ。彼はこんなにも美しいのだから。フィニがもしもダラガブに巻き込まれて死んでしまっても、誰かに手を引かれて、もしくは誰かの手を引いて海の向こうまで行ってしまえる。そう想像すると、どうしてか胸がきゅうと痛んだ。
「—――飯、食いますか。卵は炒って…それから、芋の残りを蒸かして…」
「いらん」
「あ、そっか…食べて、来たんですもんね。じゃあ、お茶でも…」
せっかくもらったやわらかいパンはまだ触れる気にもならなくて。キッチンにでも置いておこうと立ち上がり紙袋を手に取ろうとした刹那、がしりと手首を掴まれ引き寄せられた。強引な腕が後頭部を掴んだと思ったら唇を吸われ、息が詰まる。
「んっ…」
肉厚な舌と煙草の強い香りが口中いっぱいに広がりフィニの脳を混乱させた。大きな手が尻の割れ目に触れ、無遠慮に穴をなぞる。は、と、吐息が鼻先にかかった。
「朝やったばっかだから、まだやわらけえな」
「…エマ…っ、茶…は…」
「いらねっつってんだろ」
わずかに身体を離そうとしたが、より強い腕の力は痩躯を蛇のように締め上げるので、やがてフィニは諦めた。強引な日は、どんな説得だって聞き入れない。従わなければどんどん機嫌が悪くなってひどくされる。それなら受け入れてしまった方がよっぽど楽だ。
暴力的な荒々しく自らの口内を犯すのに身をゆだね、たくましい男の胸にしなだれかかった。
「え、えま…。…せめて…ベッドで…」
翠の目に向かってそう囁けば、エマニュエルはちいさく笑ってフィニの身体を抱き上げた。
ドレスと共に纏った女ものの香水が寝台の上に満ちている。この甘ったるい香りは好きではなかった。嗅いでいると、脳がくらくらして身体が疼いて、たまらなくなるのだ。はげしくまぐあい続けていると、やがてふたりとも汗ばんで、もとの体臭が立ち込めてくるのだから、そうしてからフィニはようやく安心が出来た。
窓の向こうは薄闇が広がる。冬の訪いは夜が忍び寄る足音で気付く。雲霧街のささやきが、終末の予感が、背筋に忍び寄ってくる。セックスの熱は、それらをみんな、忘れさせてくれる。
「あんっ、あ、あ、」
あたたかい泥のような媚肉に包まれた陰茎が水音を立てて揺すられた。臍のあたりまでみっちりと納まった太い陰茎が抽送されるたび、気持ち良いところを擦られ、身体の隅々まで痺れに似た快楽が走る。
「は、はぁっ、エマ、えま、きもちい…すき、そこ、すき」
壊れたおもちゃのようなあえぎ声が、ぱんぱんと肉をなぶられる音と重なる。唇から唾液を垂らし、涙をにじませながら行き場のない両腕をのしかかる男へ伸ばすと、前屈したエマニュエルの唇が唇と重なった。身体を畳まれる姿勢はひどく苦しいが抱き締められているようで心地良い。ちゅぷちゅぷと音を立て舌を吸われ、唇を甘噛みされるとたまらなく気持ち良くて、きゅうきゅうと締め付けてしまう。
「んっ、ん、んんっ」
塞がれた唇から吐息が漏れる。唇を放したエマニュエルが両膝の裏をつかみ、身体を折り畳んだ。ぎりぎりまで引き抜いたペニスを一気に奥まで付き入れる。
「ぃっ”!あ、ああっ!」
普段は閉じている奥まで鬼頭があたり、内蔵を押し上げられる痛みとそれすらどうでもよくなるくらいの快感が全身に走った。エマニュエルの首に両腕をまわしひしとすがりつく。そうしている間にも腰は振りたくられ激しく深い抜き差しが繰り返される。奥をノックされるたび、ぴゅぅ、ぴゅっ、と、行き場のない陰茎から精液がこぼれ落ちた。
「あんっ、あっ、あっんっ、」
「っ、」
息を止めたエマニュエルの身体がぶるりと震える。中にじわりと精液が広がる感覚とともに、幾度めかの絶頂を迎え、ペニスをぎゅうぎゅうに締め付けた。
「―――、」
エマニュエルがつかんだままの細い足首をゆっくりと両側に下ろした。そのまま陰茎も一緒に抜かれそうになって、反射的に、足に力を込める。離れがたく感じて首に回した腕をぎゅうと強めると、荒く息継ぎを繰り返す唇を分厚い唇で再び塞がれ、ちゅうちゅうと音を立てて吸われた。お互いの唾液を貪る口付けはもうしばらく続く。
「ん、ん、」
「―――どうした?今日はずいぶん甘えただな」
最後に、軽く押しつけるだけのキスをして、唇を放したエマニュエルが鼻の先でくすりと笑った。
荒く喘ぎながらフィニも自問する。なぜだろう。普段はこんな風に積極的に動くことなんてない。絶頂後の惚けた頭では何もかもがいとおしく思えて訳がわからなくなる。
「何かあったか?売女に惑わされたか、それとも慰められたかった?」
半分萎えた陰茎がちいさくゆるやかな抽送を繰り返す.。手前のやわらかい部分をさすられ、飽和したはずの快楽が呼び覚まされて喘いでしまう。
「あ、あぁ、はあ、」
「それとも、何を考えている?」
少しだけ、低く唸るような声が耳を嬲る。
追憶が呆けた頭を駆け足で過ぎていく。言ってしまおうか、兵士になりたいと。イシュガルドのためだとか、そんな大義名分があるわけではない。ただ、自分の足で稼いで生きていたい。でもそれはきっと無理だ。彼は無理だと言う。だから、無理に決まっている。
「っ、えま、さっきの、貴族の、」
「あ?」
「エマも、あの星が落ちてきたら、穴の中に、行くの?」
蕩けた頭から放たれた言葉は全くの別物で。目を細めて口を噤んだその瞬間に自分は今いったい何を問いかけてしまったのだろうかと冷や水を浴びせられて、いまさら恥ずかしくなり顔を逸らすと、喉の奥で笑う声が聞こえた。
「なんだ、置いていかれるって思ったのか?いじらしいな」
あきらかな嘲笑を含んだ言葉にかあと頬が熱くなる。
「ちが…、そんな、つもりじゃ…」
今度は自ら逃れようと腰を浮かしかけるが無理矢理顎を掴まえ目をあわせさせられる。目を逸らそうとしたが、宝石のような透き通った碧の瞳がこちらを見つめていて息が詰まった。
「言ったろ。何もかも粉々だって。意味ねえよ、そんな穴ぐら」
身体の中に残ったままの、エマニュエル自身はどくどくと鼓動を打って熱い。
フィニを見つめて放たれる言葉はひどくやさしげに聞こえた。
どうしてか、胸が詰まる。
まるで、粉々になることを望んでいるみたいだ。イシュガルドの山嶺が砕け散り、戦神ハルオーネの像は屍のように横たわる。背の高い建物から崩れ落ちて、罪なき人々は押しつぶされて、最期は山都は赤い星と共に燃え、上層も下層も、貧しさも富める者も、神も人も、もしかすればドラゴンも、何も関係なくなる。そんな光景を、いまかいまかと待ち望んでいるようだ。
惚けた隙をついて、ずるりと陰茎を抜かれる。身体を起こしたエマニュエルはフィニの弛緩した身体を抱き上げて、尻たぶをつかむと、あぐらを掻いた自身の足の上に乗せた。向かい合って座る形になり、開いた肛門にずぶずぶと陰茎が入り込む。
「あ、あ、あ、」
さきほどはやわらかくなっていた陰茎がふたたび堅く、凶器のようにフィニを貫いた。快楽を浴びたばかりで痺れる媚肉を押し分け、自乗で逃れることもできないまま奥へと入ってくる異物にいやいや首を振るが、腋や腰を押さえつけられて逃れることはできず、息が詰まって苦しく思いたまらずすがりついた。
「知ってるか。この世には七つの天界と七つの地獄があるんだ。死んだ人間はそこに行くんだとよ。良い行いをした者は至高の天界へ、悪い行いをした者は暗き地獄へ。エオルゼアの神さまたちは、死んだ人間の罪業をあらためて、魂をより分けて、行き先を決めちまうんだよ」
歌うように鼓膜で響く低い声が心地良い。揺りかごに乗せた赤子にそう教えるように、ゆさゆさと身体を揺すりながらエマニュエルは囁いた。その言葉のほとんどはフィニの浅いあえぎ声に掻きけされてしまうけれど、青年の形をした淫蕩に耽る男は気にもとめない。長い指先が尻のあいだ、肛門のふちをなぞり、つつ、と背中に向かう。指でなぞられた場所は、どこも、今神さまにつくられたばかりの身体のように甘く痺れ、心地よさが走った。
「俺は地獄へゆくんだよ」
生まれたときからそう定められているかのようにエマニュエルは言った。
その地へゆくことが、神の裁きに合うことが必然のように。それはひとりごとのような囁きだったけれど、フィニの耳にしかと届いた。
「え、エマ…えま…」
エマニュエルの分厚い唇に己のつたない口づけを落とす。長い舌に浚われ、根まで吸われ、唾液を舐め取られる。抽送がはげしくなり、肩にしがみついて、ほとんど悲鳴のような声が喉の奥から放たれる。腹の中のいとしい男の異物はすっかり大きくなって、フィニの身体を責め続ける。
この腕に抱かれている限りは、もうどこにだって行けない。
「おれ、おれ…あんたと、おなじじごくに、いけ、ますか」
「—――知らねえよ」
ほとんど意識を失った青年の譫言のようなその言葉をつき飛ばした声はいったいどんな表情で放たれていたのか。
けれどもやはりそれはひどくやさしく聞こえた。
「あぁ…あ…」
頬をすりつけた肩ごしに見える窓の向こうは、もうすっかり夜になっていた。不意に、分厚い雲が途切れ、雲間から、禍々しい赤の星が見えていた。ダラガブ。神話の星。終末の霊災を運ぶ星。それは日に日に大きくなり、空を覆い、禍々しく輝く。快楽にかすんだ蒼い瞳に、その赤はつよく焼き付いた。
いま、死にたい。
不意にそう思った。
凶星でもなんでもかまわない。落ちるのなら、こうして身体が繋がっているときがいい。浅ましくまぐあって、求め合って、ほかのものをみんな諦めてしまって、それでも良いかと頷いて、その瞬間に死ねたら、後悔はしない。
己を抱く男もそう思ってくれないだろうか。ふと、そんな欲を抱いたけれど。突き上げられる快楽と絶頂に何も考えられなくなった。