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「終わりにしよう」
突然そんなことを言われて、面食らって、俺は「え?」て聞き返した。
二人分のティーカップとお茶受けのクッキーを待って書斎に入ったのはほんの数分前。
リラックス効果のあるハーブティーを魔導書の邪魔にならないところに置いた。
書斎の隅に置いた椅子が、俺のお気に入りの特等席。そこからは、作業に没頭する先生の姿も、知識が隙間なく詰め込まれた本棚も見渡せる。ここは先生の頭の中で、俺は隅で他人がいることなんて微塵も気に留めない横顔を見るのがいちばん好き。いつものように腰掛けようとしたら、突然、そんな声がして。
振り向くと家主は指を組んで机に向かっている。けれども閉じられた魔導書や魔法陣を書いた紙はみんな隅に寄せられて、何の作業もしていないなんて、珍しい。ミルクをたっぷり淹れた紅茶のような髪が小さく揺れて、言葉を放った。
「終わりにしよう、レオ」
胸にちくりと刺さる。
とんでもない息苦しさが爪先から這い登ってくる。彼がこれから言おうとしていることがわかる。わかってしまう。だって、本も読まずに、文字も書かず、空っぽの机の上で俯いて、髪の隙間からかろうじて見える口元は表情を固められた蝋細工のようで。異常、危険、何があった? でも、きっといつもの癇癪だって頭の中に言い聞かせて。
「先生ったら…なに言ってんの、もう。ほら、お茶淹れたし、前好きって言ってたクッキーも、」
「別れよう」
ごまかすためにあげた声は、理不尽な真剣さにかき消される。
「…なんで?」
いきなりそんなこと。
何か変なこと、してただろうか。
今朝もいつも通り、朝日が昇る頃に目覚めて、昨夜いっぱいヤったから先生はまだ眠っていて、ほっぺたにキスして起こさないようにそろそろとベッドから降りた。朝の鍛錬に木人を叩いて、近所の屋台でサンドイッチを買って、食べて、それからまた木人叩いて。太陽が真上を通り過ぎた頃に先生が起きてきたからおはようのキスをして、サンドイッチを渡したらマーモットみたいに小さな口でもそもそ食べてて。いつも通り書斎に向かったから、俺はウルダハまで行ってテーピングや薬を買い足して、ギルドの依頼を見て、先生と一緒に行ける任務を考えて、人気店のジンジャークッキーを買って帰って、行商人から買い付けた異国のお茶を淹れて、それで、それで…。
「考えていたんだ、ずっと考えていた」
机の上に組まれた手が頑なな意志を示している。伏せた顔にかかる前髪がひさしとなって、あのきれいな瞳は見えない。せめて顔を見せて欲しいのに、飛んでくる言葉ばかりが冷たくひりついている。
「おまえがいるとぼくはおかしくなる」
「どういう、こと」
この半日を振り返っても、おかしいところなんてちっともなかった。昨日も一昨日もきっと普通で当たり前だった。俺は先生を愛していて、先生はむすっとしたり、突然怒ったり、いじらしくしたり、それだっていつも通りだったのに。
先生の顔。ナルザル教団の信者がかぶる重たい仮面、他者を拒絶し、重苦しい聖堂が訪れた部外者の居心地を悪くさせる。
「不快なんだ。寝ても覚めても、誰かがそばにいるなんて。気が休まらないし、おまえが来てから研究もまったく進まなくなった」
「そんな、うそでしょ」
「嘘じゃない。ずっと嫌だった。鬱陶しい…不快で、」
本当はずっと。
先生は「耐えられない」と、しわがれ声で囁いた。
身体が傾ぎ、祈るように俯いた。一拍おいてようやくあげた顔には、表情を削ぎ落とした冷たさがあった。払われた髪の奥から覗く瞳と目が合う。
ブルージルコンの瞳。
越えられない壁。意思の読めない、冷たい瞳。
「せんせ、」
「さあほら、出てってくれ。持ちきれない荷物は送るから」
話は終わりだと言わんばかりに。無慈悲にそう言い放った。立ち上がり、立ち竦む俺に向かって歩いてくる。こちらを向いた手のひらの形は拒絶を意味する。頭ひとつ小さな身体が、俺に触れる。慈しむためではなく、拒もうとして。
「ほら」
「出てって、て、」
「今すぐだよ。当たり前だろ」
苛立たしげな声。何をそんなに焦っているのかわからない。頭の片隅が痺れて、冷静にものを考えさせてくれない。この状況を遠くから眺めている俺がいて、何をすれば良いかわからないまま呆けている。こんなこと、はじめてだ。
「ね、ねえせんせ、せんせい、俺の話も聞いて」
「話なんてすることない」
「なんで、」
「今言った通りだ。何度も言わせるな」
ひとまわり小さな手のひらがぐいと肩を押した。
よろめくと、書斎の扉が視界に飛び込む。抵抗できないうちに戸の前まで押しこめられる。先生はそうやって俺を出ていかせようとする。自分よりはるかに重い身体をどうにか押し出そうとするちいさい両手に、かわいいなんて言葉が頭をよぎる。バカらしい、どうしていま、そんなことを?
拒絶。急に。考えても分からない。ただ、だんだんふつふつと、腹の中になにかが煮え立っていて。混乱した頭とは別の部分で、何か、奥底にあるものが湧いている。指を絡ませて、繋いで、抱きしめて、指の節のひとつひとつだって数えた魔道士の柔らかい掌が、今は俺を突き飛ばそうとするなんて。
「ほら行けよ、もうぼくの前に顔を見せるなよ。ああそうだ、鍵は返さなくていい、いずれ変える。家に帰れよ。実家、あるんだろ」
元通り、これで全部元通りになるはずなんだ、なんて、ぶつぶつ呟く声が背後から聞こえる。
「先生の言ってること、わからない。なんも、わかんないよ」
「わからないだと?そんな筈ない。愚鈍のふりをするなよ」
「それで、それで先生は俺がいなくて大丈夫なの?」
掌の動きが一瞬だけ止まる。
それから、強く強く、突飛ばそうとする勢いで力がかけられる。
「自惚れるなっ!」
怒気を孕んだ声が背中にぶつけられる。
「思い上がるなよ。いいか、ぼくはおまえがいなくたって、ずっと一人で生きてたんだ。おまえなんて、ぼくの人生には必要ない!」
ぷつりと。
頭の中にあった何かが、引きちぎれた気がした。
「いや」
「…?」
「嫌だ、出て行かない」
くるりと振り返った。渾身の力をかけても俺を外に出せなかった先生の、戸惑った顔。
あれ、先生ってこんな顔してたっけ。先生って、こんなに小さかったっけ。端正な顔に浮かぶ戸惑いが徐々に怒りへと変わっていく。しつけのできていない子供、物わかりの悪い子供へ向ける、大人の眼差し、失望と侮蔑。
ああ、先生。俺、親にそんな顔されてたんだよ。その顔がいちばん嫌いなんだよね。
俺の言うことなんて、何一つ聞いてくれなくて。
「おまえ…っ!抵抗するならっ!」
眠らせてやる、と立てかけていた魔道杖を掴もうとするよりも早く、俺の足はその杖を蹴飛ばした。からからと音を立てて、ただの木の棒になった魔道具が部屋の隅に転がっていく。
クリスタルコンフリクトでは勝てたことないけれど、この距離なら負けない。
賢い先生がそんなこともわからないのか。
先生の顔に黒く影が落ちる。杖を持とうとした手が行き場を失って強張っている。きれいな顔にかかる俺の影が、段々と濃く、大きくなっていく。
それでようやく、自分が怒っているのだと気づいた。
「レオ、」
おそるおそる、小さな頭が上を向く。
ちいさく、息を呑む。
ああ、傷つくなあ。
細い腕をつかみあげるともががれた。指先で押さえつけた蟻のような弱い抵抗だ。先生がなんとか俺を振り払おうと抵抗すればするほど、俺の心はどんどん冷めてくる。
「レオ! 離せ!」
あーあ。
こういう時だけ、なんで、名前を呼んでくれるの。
なんでいっつも、俺を拒む時だけ。
重たい書物や羊皮紙が、揉みあう俺たちに押し退けられて床に散らばった。身長差がとびきりあるわけでもないのに、頭や腕を激しく振る先生の身体を抑えつけるのは容易い。
「やめろっ! ふざけるな! 離せ!」
うつぶせて机の上に押し倒すと、振り向いた蒼い眼が睨みつけてくる。乱れていても綺麗な顔に、背筋がぞくぞくと震える。机と俺の身体で挟むように薄い背中に膝を乗り上げると、腹に生じた圧迫感で呻いた。
「…っ卑怯だぞ!」
「先生のほうがずっと卑怯だよ」
両腕を背中に回させて抑えつけてるといっそう抵抗が激しくなった。鬱陶しくて、肩甲骨に肘を乗せて全体重をぐーっと預けて強く圧迫する。
「狡くて…酷くて…卑怯だ」
「ん…っ! ぐ…っ! お゙っ!」
先生が呻いた。呼吸を堰き止められて、髪の間から見える白い首筋に桃色の血が昇っていくのがわかる。離せ、ともがくけど、対人技ばかり極めていた俺に魔導士ごときが勝てるはずもない。立派なモンクになりたくて修道した技をこんな使い方するなんて、師匠が知ったら髪を逆立てて怒るだろうな、なんて頭をよぎったけど、すぐに忘れた。
何かを掴もうと慄く指先が、開いたり閉じたりを繰り返す拳がぶるぶると震える。自由に動く足が机の脚を蹴り上げるけれど、それは針で胴を刺した蝶々の抵抗みたいな、どうでもいいくらい弱い力で。
「ぉ゙…っ! ん゙…!」
気管を潰され酸素が回らなくなってきたのか、段々その抵抗が弱まっていく。程良いところで肘をあげて胸元を解放すると勢いよく咳き込んだ。
「ゔっ…! げほっ! ごほっ!」
「先生」
「…はな…せ…っ!」
肩に手を置くと勢いよく振り払われる。
あれ、まだ抵抗するんだ。
振り返ってきた先生の瞳は見開かれてて、涙ぐんで潤んでいて口の端から涎が垂れているけど、確かな怒りに燃えていた。
「離せよっ! いい加減にしろ!」
「先生」
机に支えられてかろうじて姿勢を保つ身体はまだまだ気丈だ。抜け道を探そうと蠢く背中を暫く眺めてから、重たいローブの裾に手のひらを滑らせた。
は、と身体を硬直させる。まさか、と小さく呟くのを無視して捲り上げると、筋肉も贅肉もない、骨の浮き出た青白い肌が姿を見せる。
「な、なに、こんなときに」
「先生、誰かにレイプされたこと、ある?」
「な、に?」
股間に腕を伸ばして下着越しに先生のペニスを握り込むと、腰が突きあがるように飛び上がった。晒された腰にはだらしない肉がほんのすこし乗っていて、それは鳥肌を立ててぶるぶる震えている。
「な、ぁ」
「こんなに無防備で、自分は潔白です、なんて顔してさ。みんながみんな、あんたに右ならえで従うと思った?今まで言わなかったけど、先生みたいな人を苛めたいってやつ、多いんだよ。それなのにいきなり、嫌です、別れますなんて、ヒトの神経逆撫でしたら、何が起こるか分からないの? …ああ、俺以外に経験ないんだっけ。だからそんな酷いこと言えるんだ」
「や、やめ、やめろ、レオ」
布越しに見つけた小さな金玉を掌の中で転がしていると、身体がぎゅうと縮こまる。
「いた、いたい、やめろ」
引っ張ったり、つねったり。小さくて可愛い先生の性器を、愛撫よりは随分強い力で弄ぶ。ここを潰したら、先生はもう精液を出せなくなって、本当の女の子みたいになっちゃうのかな。
「あ、あ、い、やだ…っ」
「そこらの娼婦よりずっとタチ悪いや」
もがいて逃れようとするから、ほんのちょっと背中に乗せた腕に力を籠めると、押しつぶされて息ができない苦しさを思い出したのか、びくんと大きく震えて硬直する。掌の上で転がした小さなモーグリみたいな仕草がおかしくて、滑稽だった。
「痛い、やめろ、はなせ、はなしてっ」
下着の中に手を入れてみると、直に触れるペニスは萎えていた。すこし強めに握り込むとひときわ高い悲鳴が上がった。
「やっ、やだ!」
「性器を壊されるのがそんなに怖いの? ずっとお尻で気持ちよくなってたのに」
「やだ、やめて」
「いらないよね、こんなもの」
「やめて、レオ、ぼくは」
「話さなくていいよ。だって先生、俺のこと嫌いなんだよね?」
「…っ! そ、そうだ!」
真っ赤に染まった耳元で問いかけるとこくこくと頭を上下に激しく振る。なりふり構ってられない、って顔だ。
「だから離れろ、ぼくを解放して「じゃあもう、好きにしていいよね?」
下着を引き下ろすと、日に当たったことのない白い尻がつるりと現れた。
「…っ! やだ、やだ、やめろ、レオ、」
再びもがこうとする背中を抑え込みながら股の間に太ももを入れ込む。膝でとんとんと押し上げると、そのリズムに合わせて情けない音吐が漏れる。
「ひぃ…っ」
やや肉付きの良い尻たぶを押し広げてすぼまりに触れると、そこはまだ昨夜の余韻を残してやわらかい。潤滑油代わりに唾を吐きかけて軽く押し広げる間、先生はもう恐慌状態で、いやだ、と、喚き続けている。片手でベルトを緩めてペニスを引っ張り出すと、どうしてか、もう既に痛いほど勃起して、早く先生のナカに入りたいって訴えていた。
「やめろ、やめろっ挿れるな…っ! い…っ」
「…っ…!」
「が、ぃ、い゙い゙…っ!」
慣らしもしてない穴はひどくキツくて、でも今までさんざん挿れてきたから、ぎりぎり裂けることなく受け入れる。一番太いカリの部分をぐいぐいと押し込めると、だんだんと開いてくる。
「い゙…っだぃぃ゙…! や゙…あ゙…! い゙…っ!」
先生の狭いナカを無理やり押し広げ、暴れる腰を抑えつけて挿れていく。こんな風に強引に突っ込むなんて今まで無かったから新鮮で。身体は逃げようと足掻いているけれど、穴にはさほど抵抗もなく、力めば力むほど肛門は開いていくものだから、全身の力を込めて、抱き締めるように抑えつけて無理やり突っ込んでいくと、どこからかするりと入り込める瞬間があって、やがてとん、と、奥まで先っぽが届いた。
先生のナカはいつも通り、温かく、俺を締め付ける。
「ひぃ゙…ふっ…ふぅ゙…うっ!」
「―――あー、気持ちいい…っ」
「ゔぅ゙…あ、ああ…っ! ぬ゙いでぇ…ぬけ、ぇ…!」
「んー、いやです」
「ひぃ…っ、あ、あっ…っ!」
両胸に腕を回して、腹を背に押し付けると、後ろから抱きしめている姿勢になる。こんな風にぎゅうぎゅう圧し潰していると、先生の冷たい身体がだんだん温かくなっていくのがわかって心地良いのだ。
「お゙…っ、ほぉ゙っ、ゔっ…! ひぃっ…!」
「…ねえ先生、やっぱ感じてるよね?」
必死な懇願を無視し、とんとんとかるーく腸内をノックしていると悲鳴に明らかな喘ぎ声が混じりはじめていた。なんだ、身体は正直なんじゃん。今でも逃げようともがいて、腕や腹に力を込めて俺を引きはがそうとしているのに、尻の穴はきゅうきゅうと俺を咥え込んでいる。
「ぃ゛っ! ひぃっ…あっ…! あ゙っ! か…っんじで! なん゙…かっ…!」
「えー、ほんと?」
「ひぐっ!」
両腕を掴んで上体を起こさせ、押し付けるようにぐりぐりとほじくると先生の身体が仰け反った。ここは先生の一番感じる気持ちよくてたまらないところ。案の定、びくびく震えて俺を締め付ける。もしかして、もう何回かはイってしまったのかもしれない。とんとんと腰で突き上げると断続的に悲鳴があがるけれど、それはもうつややかで、ただのよがり声をなんら変わりがないのだ。
「やっぱり、感じてんじゃん」
「や゙ら゙あぁッ! ん゙ん! や゙んっ…!」
「ここのとこ、俺のでほじくられるの好きなんだもんね?」
「ひ、あ゙ッ! や゙ッ…や゙めッ…でえ゙ッ! ぢっがゔ…っ!」
「俺、先生のこといっぱい知ってるのに。背中にあるかわいいほくろも、うなじ噛まれるの好きなのも、気持ちいいところもぜーんぶ、ぜんぶ知ってるのに」
快楽に粟立つ腰のラインを指でなぞる。昔は出すばかりで、知識もなければ受け入れることなんて想像もされないほどひそやかだった先生の蕾は、いまや俺を受け入れて、すっかりいやらしい色に変わって。身体と心を覆っていた頑なな氷は蕩けて、喜びを知って、すっかり俺のことを受け入れてくれている。いたはずなのに?
「ふざ…っ! げる゙なぁ…!」
先生が吠えた。
「おまえなんて…大嫌いだ…っ!」
宝石の顔が歪む。憤怒と、嫌悪で。
「嫌いだ…っ! 最初から! 目障りなんだ! おまえなんて、おまえなんていなくても、いいんだ! 大嫌いだッ!」
「…っ!」
その瞬間に、脳裏に、どうしてか、出て行った家のことが思い出されて。
母上とか父上とか、兄上とか、もうどうだっていいような、忘れてしまった人々が。
気がついたら、先生のうなじに両手が添えてあった。先生と違って黒く焼けた掌がぎゅうぎゅうと握り締めていて、指の腹で気管を圧し潰して、先生はばたばたもがいて、声にならない息がひゅうひゅうと漏れて。
手を離した。ぐったりした先生をひっくり返す。目元は赤く滲んでいるけれど、顔は青ざめていて。たくしあげられたローブの下のペニスは萎えていた。小さな喉仏が上下に動いている。汗でぬれた肌はこんな時でもひどく淫靡で。
薄く開いた唇に、キスした。
「…ひっ…」
「先生」
ねえ、先生。
本棚へと押し出し、壁に手を付かせた。いやだいやだと抵抗するから、尻を何度か平手で強く叩いたら、ぎゃんぎゃんと喚いて、従ってくれる。
「レオ…っやめて…やめてぇ…」
不安に怯えた目で俺を見る。ひどいことをしているとわかっていても、頭のどこかが壊れてしまったみたいに興奮していて止められそうにはない。いままで大事に大事にして、生まれたてのチョコボの雛にするみたいに慈しんでいたけれど、それをめちゃくちゃに踏み躙っているんだという高揚感が全身を支配していた。
赤くなった尻を撫でまわしながら手を添えて、がに股に開かせると、爪先立ちでふらふらと身体を震わせていて、深く挿入するとそこはとろけそうなほど熱く濡れている。その感触が楽しくて何度も抜き差ししている間、先生の声はどんどん甘く濡れていく。
「あっ! やっ! や゙めて、やめて…ぐださい゙っ゙! おねがい、おねがっ、お゙ッ」
すこし長く伸びた爪で背表紙を引っ掻いて、先生が啼く。肉をこそぐように突くと、みっちりとくわえ込んだ腸が膣のように蠢いた。まとわりつくだけの布になったローブの隙間から見える白い肌は、紅く熱を持ち、汗で艶やかに光っていた。強引な挿入で傷ついたのかわからないけど、俺を最奥まで咥え込んだ穴は真っ赤に充血して、裂けてこそいないけれど腫れ上がっていた。俺はまだ射精してないけど、先生はさっき「イっちゃう」って喚いてて、無視して長いストロークで突いていると、一突きするごとにきゅうう…と締まるのがおかしかった。
ずちゅ、ずちゅ、と重たい音が響くたび、いっそう泣き声が大きくなる。
「ゆるして、ゆるしてぇ! もうでていけなんて、いわない、言わない゙からぁっ!」
「うそつき」
「うそじゃない、うそじゃないぃ!」
「じゃあ俺たち合意なの?」
耳元で囁くと振り乱していた頭が止まる。たらりとうなじに汗が流れ落ちるまでの重たい沈黙に、俺は声を上げて笑った。
「―――ちが」
「うそつきだね」
細い腰を両手で掴み、俺の身体に密着させるように引っ張り上げると先生の腰が浮く。足が僅かに空中を掻くその瞬間に、ペニスが抜けてしまうギリギリまで腰を引いて、それから付け根まで勢いよく叩きつけた。
「ゔそ、うそうそうそうそいや、いやぁ…お゙っ!」
どちゅん!と大きな音を立てて、俺のちんぽが先生の奥に叩きつけられる。限界ではない。本当の最果ては、奥の奥、本当に気持ちよくて狂ってしまうらしい、男の子宮。俺のじゃ届かないけど、いつかこういうところに玩具とか突っ込んで、たくさんいじってあげたら喜んでくれるかもしれない。
痛いほど金玉がせり上がる。腰をひときわ強く押し付けて、耳元に口を寄せた。
「あ゙ー…ナカ、出すね…っ」
「い゙…っ! やだぁっ! なか…っ! や゙ー!」
脳が焼けるような快楽と共に、とぷとぷとナカに気持ち良く精液を流し込むあいだ、先生はずっと「なかにださないで」って呻いていた。なんだか、便所になったみたいだね、と言うと、声をあげて泣いていた。
俺の腕で支えられていた腰を抜くと、力を失った身体がずるずるとへたり込む。壁に頭をこすりつけたまま呆然と肩で息をしている。開きっぱなしの尻がひくひくと痙攣し、緩やかな絶頂を繰り返しているようだった。
ふと本棚を見たら、先生が大事にしていた魔導書に先生の出した青臭い精液が飛び散っていて、だらしないなあって、また笑ってしまった。
二の腕を掴み上げると、どこにそんな力が残っていたのかわからないくらい暴れるから驚いた。髪を引っ張って無理やり引き摺っていく間、先生の長い足が廊下や出口の縁を力なく叩く。さまざまな抵抗をみんな無視して、寝室へと連れ込んだ。
「ゔ―っ! ううーっ!」
ふたりで眠れるように買った広めのベッド。仰向けに突き飛ばしてしまうと、留め具が取れたのか、白いシーツの上に髪が乱れた。ばんざいのポーズで頭の上に腕をあげさせて、ベルトで両手首をベッドの縁にくくりつけている間、先生はずっとひいひい泣きじゃくっていた。
「もういや…やだ…いたい…いたいん、だ…」
「気持ちいい、でしょ」
「ぼくが悪かった、ぼくがでてくから…だから…ゆるして…」
「気持ちいいって言ってよ」
謝罪の言葉とは裏腹に、ばたばたと跳ねる足が、俺を拒もうと蹴り上げてくる。力のない抵抗を片手で止めて、足をぱかっと開かせると、お互いの体液が混ざり合った股間は酷いもので、汗と青臭い精液の臭いが立ち昇った。ぐずり泣きながら、もうしたくないって首を振る。浮きでた腰骨には俺の掌の跡がくっきりとついていた。媚肉の奥にある、白濁がとろりとこぼれてくる穴は、ぱくぱく開いて、ぬめった赤い粘膜が覗いていて、本物の女性器みたいになってしまっていた。
「あ…あぁ…やだ…やだぁ…」
「孕んでくれたら、いいのに」
「やだ…っ…」
まだまだ硬い性器を尻穴に押しつけると、入り口が蠢いてちゅうちゅうと口づけてくる。ゆっくりと身を捩り、首を振って、先生が懇願する。
「れお…もう、もういい…いて、いいから…ここ、ここに…だから…おしり、いたくて…だから、」
だから、ゆるして。
両手を縛られて、両足を掴まれた先生はもうどこにも逃げられない。俺の下で喘いで、乞うて、何もかもを悔いることしかできないのだ。普段なら先生の身体のことを考えて、すこし物足りなくてもセックスは止めてしまっているけれど、今日はいくらでも射精できて、この人を誰にも奪われないくらい、隅々まで犯し尽くせると思った。
「い…や…こわれちゃう…やだ…れお…たすけて…」
「えー? 壊れちゃいなよ」
開きっぱなしの窄まりにじっくり挿入していくと、背中が限界が反り返って、萎えたままの先生のちんぽからぴゅっぴゅと透明な汁がこぼれた。それは俺が抜き差しするたびに潮を吹く。指先でつまんでくりくりとこすりあげると、真っ赤に腫れた亀頭はいくらでも汁を垂れ流した。
「あ゙っ…あ゙っ…」
「もう壊れちゃってんじゃん」
「やっ…あ…」
ブルージルコンは曇りきって、見開かれて虚空を彷徨う瞳からは、大粒の涙がいくらでも流れていた。がくがくと揺さぶられて、指一本動かせないのか、顎が天井を向いて前後に揺れる。形の良い鼻から鮮血がたらりと零れ落ちる。舌で舐めとるとしょっぱかった。
「…せんせ、せーんせっ」
もう、あーとか、ううとか、そんな、動物の呻き声しかあげなくなった先生を、俺はぎゅうと抱きしめた。いつもおずおずと回してくれる腕は縛られたまま。応じてくれないけど、拒絶もされなくて、それがすこしさみしかった。
先生の、いつもは夜の砂漠のように冷たく乾いた身体が、いまはびっしょりと濡れていて、どこもかしこも熱くて。大好きなひとなんだ、と何度も再認識する。俺はいま先生のナカにいて、先生の身体は俺を受け入れて、悦んでくれていて。
でももう、お茶は冷めてしまったのだ。
▼
頬にかかる口づけの気配で目が覚めた。
身体が重くて、眠ったふりをしていると、彼は眠るぼくを見下ろして、それからちいさく笑ったようだった。
やがて薄く開いた窓の向こうから、木人を叩く鈍い音が鳴る。硬く研ぎ澄まされた拳から放たれるその音を聞きながら、うつらうつらと、ぼくの意識はまどろんでゆく。鼻をくすぐる残り香は、彼に抱きしめられた時に知ったものだ。
快楽の余韻はまだ、身体の奥深くに、たしかなぬくもりとなって残っている。
「おはよ、せんせ」
ちゅ、と、音を立てて頬に口づけてくる。
犬のようだ、といつも思う。飼い主の姿を見ると、一目散に近づいてきて、無遠慮にぼくの顔をべろべろと舐め回す、無邪気な生き物。昔飼っていた、愛を振りまくだけ振りまいて生きて、先に逝ってしまった犬。
「サンドイッチ、買ってきたんすよ」
腹はちっとも減っていなかったけれど、彼に言われるがまま椅子に座って、ゆっくりと口に運ぶ。よく味わってくださいね、なんて言われるから、ぼくは努力する。卵と、レタスと、卵と、パンの味。
そうしていると、彼は嬉しそうに笑う。頬杖をついて、ぼくの一挙一動を眺めてくる。最初は何が楽しいのかと気味悪く思っていたけれど、段々慣れてしまった。「面白いことなんて何もないだろう」と問うたら、彼が「先生のことが好きなんだもん」と笑ったから、そういうものなのだと、今ではすっかり慣れてしまった。
彼はいつも、幸福そうに笑う。
近頃、ウルダハの太陽がすこしだけ嫌ではなくなった。
似ているから。
「買い物してくるね」
書斎に向かっていると、そんな言葉が飛んでくる。
やがて、締め切った扉のもっと向こうで、玄関に鍵がかかる音がした。一人になったのだという解放感と共に、すこし寂しさが芽生えてしまうのは、いつの頃からだったのだろう。
机に向かって、いつも通り魔導書を取り出して。
術式を込める羊皮紙を広げて。
ふと、彼のことを思い出した。
気づいたらそばにいた。
彼はぼくの家のカーテンを開けた。身の回りに彼のものが増えた。彼が買ってくる菓子は美味かった。手が荒れていれば保湿のクリームをくれた。杖を振るうたびに、目を輝かせて走ってきた。
彼が教えてくれる快楽が刺激的だった。彼が与えてくれるすべてが、ぼくの生活になじんで、やがてぼくの一部になっていっていた。暗い部屋よりも、彼のいる光の下が、心地良いのかもしれないと、はじめて思った。
だからぼくは、彼のぬくもりを、犬のようだと思って。
いつだってそばにいる、可愛い犬だと。
「―――っ」
瞬間、胸に去来したのは不安だった。
いいや違う、彼は、犬などではなくて。
彼は、意思を持った人間で。
ぼくよりもまだ、随分と若くて。未来がある人で。
やさしくてあたたかな日々を与えられて、与えられるばかりで、彼の人生を奪っているのはぼくじゃないのか。
「先生、お茶淹れましたよ」
魔導書を開くこともできず、どれだけ、そうしていたのか。
気付けば目の前に、彼が立っていた。
ティーカップとクッキー。ぼくが好きだと言ったもの。ぼくの身体を思って淹れたもの。
いつも通りの、幸福な笑みを浮かべて。
ぼくはいつからか、その笑顔が好きなのだと気付いてしまって。
レオ。
ああ、レオ。
これ以上、ぼくを愛してしまったら。
ぼくが、おまえなしではいられなくなってしまったら。
おまえの一度きりの人生を、ぼくなんかが食い潰す権利なんてないのに。